ここから私のブログはスタートするのですが、なぜブログを始めたのかを書く前に知っておいてもらいたいことがあるのでそこから書き始めたいと思います。
私は人生の中で転職というものを6回経験しています。
サラリーマンで25年以上営業職に携わっていました。
自営業も12年くらいやりました。
営業は酒類の卸の時代が長く自営も酒類販売いわゆる酒屋をやっておりましたのでどうしても製造を経験したくなり移住する直前は日本酒の地酒メーカーで日本酒を造っていました。
アルコール業界で製造、卸、小売を経験しているというのは非常に珍しいですとよく言われます。
そして配置薬(置き薬)の営業も6年ほどしたのですがここでは長期出張で鳥取県、兵庫県、福井県、新潟県、愛知県、茨城県など結構広範囲で行きましたので普通に配置薬営業をされている方々より何倍ものお客様とお話をさせてもらったと感じています。
現在でもこの時のお客様との繋がりが残っていたりします。
私はその酒蔵に努めている時(移住する1年前)に今の奥さんと知り合いました。
これから私のブログにご縁というキーワードが何度も出てきますが今思うとこれが最初で最強のご縁だったのです。
奥さんはキャリアウーマンで私よりももっとたくさんの人々を喜ばせる仕事をしていました。
当時私は酒蔵の半年間1日も休みがないという働き方に不満をもっていました。
奥さんは愛犬を亡くしペットロスの状態から何とか這い上がって社会復帰をするために頑張っていました。
そんな二人がたまたま知り合って意気投合して将来の夢など語りだしたときに奥さんが「宮崎に行ってみたい」と言い出しました。
宮崎に行ったこともない人が急にそんなことを言い出すもんですから私はじゃあ一度宮崎に行ってみようかと奥さんを連れて宮崎に観光でやってきました。
宮崎空港(ブーゲンビリア空港)へ降り立ちレンタカーで宮崎の北から南まで走り回りました。
どこへ行っても食べ物は美味しい!(鶏の炭火焼き、チキン南蛮、焼肉、ちゃんぽんなど)
それだけで宮崎が好きになる。
そんなことに感動していた奥さんがある地に入った途端「私、ここに住む」と言いました。
不思議なことに私たちは今その場所に住んでいます。
奥さんの一言が二人の運命を変えました。
そこに私の意見はなかったのか?と思われるでしょう。
私は奥さんのことを素直にリスペクトしていたので反対をするというよりそういうことを言う奥さんをどうやって幸せにするのか?しか考えていませんでした。
移住したいと言ってもそうそう簡単にできるものではありません。
仕事も探さないといけない。住居も探さないといけない。
そのために大阪のハローワークに通い宮崎の求人を探し、面接を受けに宮崎まで往復したりしました。この時,遠隔地での求職活動に対して「広域求職活動費」というもので交通費が出たので非常に助かった記憶があります。
「広域求職活動費」とは
・雇用保険加入者であること
・ハローワーク紹介の求人であること
・現在の住所を管轄するハローワークから面接する企業が往復200Km以上であること
・1年以上の雇用見込みがあること
などの条件がありますが条件を満たせば支給されるもので移住などを考えておられる方は覚えておかれるとよいと思います。
ちなみにこの時私はLCCの飛行機で往復したのですがLCCの飛行機は予約時期によって価格が変動するため正規の金額がわかりません。領収書を提出してもハロワの職員さんが困り、結局正規金額のある鉄道の運賃で計算していただいたため私が払った倍近くのお金をもらいました。こういうこともあるんだと神様はいるかもと素直に喜びました(笑)
もし移住を考えておられるのでしたら一番良いのはオンラインでお仕事をして都会の給料で暮らすことです。その次は転勤で地方へ来て仕事をすることです。地方で一から仕事を探すことはよほど好きなことでもない限り低賃金で企業がない場所では都会で働く感覚が通用しないと思った方がいいです。なので都会でよく考えたうえで移住を検討してください。転職サイトなどで企業を見つけてください。地元の個人経営はなるべく避けることをお勧めします。
話はそれましたが住居探しはもっと大変でした。
移住してまでアパートやマンションに住むつもりもなく,一軒家の賃貸物件を探しました。
年齢を考えると不動産購入は人生のお荷物になる可能性があので控えました。
奥さんの希望で将来犬を飼いたいという条件もいれて探しましたが1軒もヒットしませんでした。
田舎には数えきれないほどの空き家が存在します。しかし、一軒家の貸家は存在しない。
どういうこと?と思いませんか?
たぶん日本国中の田舎の空き家は家の中に家財道具が残ったまんまの空き家がほとんどで放置状態のものばかりだと思います。宮崎も例外ではなかったです。
家財道具を整理するのに少しまとまったお金がいる。整理すれば賃貸として貸せるなんていう発想はどこにもなく今の生活が最優先なんです。なので移住者が多く集まる宮崎県では住むところがないから移住できないという方も多いはずです。
移住者のための空き家バンクにも条件に合うものは1軒もありませんでした。
まして、賃貸で犬を飼えるところなんて無茶な条件です。犬が吠えて近所のトラブルになるとか犬が物件を傷つけるとか都会と違ってこの考え方が常識の世界です。当然ありませんでした。
がしかし、神様は見捨てませんでした。(笑)
なんと大家さんがブリーダーをしているという貸家が一軒見つかりました!
ネットで地元の不動産屋さんに依頼していたところご紹介いただけました。
当然犬に理解のある方なのでOKがでました。
家がそこしかないのですからそこへ引っ越します。これは選べない引っ越しでした。
そして本格的な田舎暮らしスタートとなった次第です。
ここにもう一つおまけが(笑)
実は宮崎に来てすぐに大家さんにご挨拶しに二人で出かけたのですが…
なんとそこには生まれたばかりのミニチュアシュナウザーの赤ちゃんがいて女の子でした。
奥さんが元々飼っていたのがミニチュアシュナウザーでした。
奥さんはもう興奮状態でこの子はご縁で今ここにいる。この子を連れて帰ると言い出しました。
こちらへ来て1週間で家族が1匹増えました。(驚)
この子をMammy(マミィー)と名付けました。このブログのトップ画像の大きいほうがそれです。
このご縁というキーワードはこれだけでは終わりません。
まだまだ続く波乱万丈田舎暮らしがなぜ始まったのかを知っていただきたかったので最初のブログにさせていただきました。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
【なんで?】アラカンが移住をきめた理由 なぜ宮崎なのか?
60歳を超えての転職
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