私は現在63歳になりました。
62歳でブログを始めて、半年が経ちました。
自分が絶対にできないだろうと思っていたブログを、半年間続けることができました。
まずは、ここだけは自分を褒めてあげたいと思います。
しかし、収益は0円です。
ここは、自分のやり方や考え方を変えなければならない。
そう正直に反省しなければならないことでもあります。
そこで私は、もう一度、自分自身を見直すことにしました。
63歳になって、もう一度自分を見つめ直す
現在の60代が抱えている悩みを、私も同じように抱えていると思っています。
これからの生活。
仕事。
お金。
人間関係。
そして、これから自分はどう生きていけばいいのか。
漠然と悩んでいても、何も解決しません。
よく、
「何に悩んでいるのかわからないときは、紙に書き出してみるといい」
と言いますよね。
それなら、自分もやってみよう。
そう考えました。
そこで思いついたのが、
「人生の棚卸し|LIFE CHECKをしてみよう」
ということでした。
このLIFE CHECKという言葉は私の造語です。
L — Look back
振り返る
I — Inspect
点検する
F — Find
見つける・気づく
E — Evolve
これから変わっていく
この4つのワードの頭文字を取って「LIFE」としました。
これを点検して振り返り気づくという意味ですのでご理解ください。
自分の60年以上の人生を、一度だけ見つめ直してみようと思ったのです。
その中に、これからの自分の生き方のようなものが見つかるのではないか。
そう思ったからです。
ただし、ここで一つだけ決めました。
過去を振り返るために、LIFE CHECKをするのではありません。
あくまでも目線は未来に向ける。
これからの人生を生き抜くために、過去を一度だけ振り返る。
これが今回、私がLIFE CHECKをする目的です。
60年以上をどうやって振り返るのか
では、私の人生には何があったのでしょうか。
これまでの人生を振り返ると言っても、60年以上を一つひとつ思い出していたら、それだけで終わってしまいます。
反対に、時系列で思い出してみると、
「あんなことがあったなぁ」
「あのときは、こうだったよなぁ」
と、忘れていた記憶が少しずつよみがえってくることもあります。
そこで私は、自分自身に12の質問を投げかけてみることにしました。
自分の60年以上の人生に対する12の質問です。
「楽しかったことは何だったのか」
「悔しかったことは何だったのか」
「うれしかったことは何だったのか」
そして、成功や失敗、仕事、人間関係、趣味、得意だったこと、苦手だったこと……。
一つひとつの質問に、今の自分が正直に答えてみました。
すると、これまで気づかなかった「自分」が少しずつ見えてきました。
これは、私自身も驚いたことです。
私が自分自身に投げかけた12の質問
今回、私が自分自身に問いかけたのは、この12項目です。
| No. | 質問 |
|---|---|
| 1 | 楽しかったこと |
| 2 | 悔しかったこと |
| 3 | うれしかったこと |
| 4 | 悲しかったこと |
| 5 | 成功 |
| 6 | 失敗 |
| 7 | 人間関係 |
| 8 | 仕事 |
| 9 | 趣味 |
| 10 | 得意だったこと |
| 11 | 苦手だったこと |
| 12 | 人から感謝されたこと |
大人の自分のみを振り返る必要はありません。
幼少期から現在まで、自分の記憶に残っていることを書き出してみてください。
小さな出来事でも構いません。
人に見せる必要もありません。
自分の人生なのですから、自分の好きなように書けばいいのです。
私も途中で、
「もうやめようかな……」
と思うほど恥ずかしくなりました(笑)。
でも、ここまでやると決めたのだから、最後までやってみよう。
そう思って続けました。
ではここから、私の正直な12の答えを紹介します。
1.人生で楽しかったこと
私の人生で一番楽しかったのは、高校時代にさかのぼります。
私は高校の3期生でした。
いわゆる新設校です。
新しい学校だったこともあり、学校の風紀は厳しさの中にも明るさがあり、校内にいじめなどは存在しませんでした。
そんな環境の中で、おとなしかった私は水泳部の設立に携わり、最終的には水泳部の部長までさせてもらいました。
そして高校3年生の秋。
学園祭で、先輩方の念願だった、
「キャンプファイヤーを校庭でする」
という企画が持ち上がりました。
ところが、簡単なことではありません。
近隣への火災対策。
電鉄会社からキャンプファイヤーの材料となる枕木を譲ってもらうこと。
当日の参加者を集めること。
そして、先生方を説得すること。
実行委員会のメンバーだった私は、みんなと協力しながら、一つずつ問題をクリアしていきました。
そして学園祭終了の夜。
校庭には大きな炎が上がり、その炎をみんなで囲みながら、フォークダンスを踊りました。
「絶対無理だ」
と言いながら始まった企画でした。
それが終わった後、委員会のメンバーみんなで喜びを分かち合いました。
今振り返っても、高校時代は本当に楽しい3年間でした。
これが、私の人生で一番楽しかったことなのかもしれません。
皆さんはどうでしょうか?
自分の人生です。
誰かに評価してもらうものではありません。
好きなように書いてみましょう。
2.悔しかったこと
私はこれまで、数々の失敗を繰り返してきました。
ただ、その多くは原因を考えてみると、自業自得だと思えることなので、それほど悔しくはありません。
私が一番悔しかったこと。
それは、小学校時代にいじめの対象になったことです。
しかも、その理由は「嘘つき」でした。
私の父親は、市の水泳指導員の資格を持っていました。
夏休みになると、毎日のように夕方、父親に連れられて市民プールへ行きました。
父親と一緒に、50メートルプールを何往復も泳ぎました。
小学2年生の私は、400メートル泳いだことが嬉しくて、それを絵日記に書きました。
ところが、それを誰かが見たのでしょう。
「そんなもの泳げるわけがない」
「こいつは嘘つきだ」
そう言われました。
当時の学年は2クラスで60人ほどしかいませんでした。
いじめっ子の号令で、私はみんなから「嘘つき」という扱いを受けるようになりました。
それが6年生まで続きました。
大人になって同窓会が開かれたとき、当時のいじめっ子は、私だけではなく、みんなを順番にターゲットにしていたことを知りました。
そのため、同級生から恨まれ、同窓会にも呼ばれていませんでした。
それを知って、
「ああ、自分だけではなかったんだ」
と安心しそして悲しくなりました。
それでも、幼少期の記憶は消えるものではないからです。
63歳になった今でも、あのときの悔しさは残っています。
これも、紛れもなく私の人生です。
暗い過去を引きずりながら生きています(笑)。
3.うれしかったこと
実は、1と2と3はつながっています。
小学校時代をそのように過ごした私は、中学校に行ってもおとなしいままでした。
部活にも入らず、いわゆる帰宅部です。
運動神経も良い方ではなく、体育の成績も決して良くありませんでした。
ところが中学2年生の夏前。
臨海学習で「天橋立遠泳」が行われることになり、水泳の授業が集中的に行われました。
その授業の締めくくりとして、クラス対抗のリレーが行われました。
会場は、父と一緒に泳いだ、あの市民プールの50メートルプールです。
私は帰宅部でした。
ところが、小学校時代のいじめっ子が私に恥をかかせようとして、
「こいつ、泳ぎ得意やから」
と言い、私をリレーのメンバーに推薦しました。
そして私はアンカーになりました。
他のクラスには水泳部員が何人もいます。
私には自信など全くありませんでした。
そして、うちのクラスと隣のクラスが1位、2位を争ったまま、私に順番が回ってきました。
隣のクラスのアンカーは水泳部員でした。
無我夢中で泳ぎました。
隣で泳ぐ相手が見えていました。
そして最後の5メートル。
私のタッチが、ほんのわずかに早かった。
勝ったのです。
次の日から、水泳部のスカウトが始まりました。
私は、
「もう2年も終わりだし、今から入部しても……」
などと言い訳をして断りました。
でも、今考えると、この経験が後の高校水泳部設立にもつながっていったのだと思います。
そして何より、このときの自分が、それまでの自分をすべて証明できたような気がしました。
あのときに味わった奇妙な達成感。
それが、私の誇りとして今でも記憶に残っています。
ここで、少し不思議なことが起きました
60年以上生きてきて、自分の人生を振り返ってみました。
すると、
1.楽しかったこと
2.悔しかったこと
3.うれしかったこと
が、なぜか全部つながっていたのです。
小学校の水泳。
いじめ。
中学校のリレー。
そして高校の水泳部。
私は、こんなふうにつながっているとは思っていませんでした。
自分が一番びっくりしています。
これが、人生の棚卸を始めて最初に見つけた発見でした。
まだ12項目のうち3つしか答えていないのに、もう自分の知らなかった自分が出てきたのです。
もうずっと昔にに忘れ去られた記憶になっていたからです。
4.悲しかったこと
悲しいことは、数えきれないくらいあります。
その中で一番悲しかったのは、「たんぽぽ」という名前のトイプードルとの別れです。
正確に言えば、たんぽぽが亡くなったときに、私はそばにいてあげられなかったことです。
娘たちがまだ小学校低学年の頃、
「犬が欲しい」
と言いました。
そして、ペットショップから子犬を迎えました。
その犬が、たんぽぽです。
もともと体は丈夫ではなかったのでしょう。
だからこそ、家族みんなでたくさん可愛がりました。
私は娘たちに、
「犬は人間より寿命が短いんだから、そのことを理解して飼わなければいけないよ」
と教えていました。
ところが、そのたんぽぽを置いて、私は家を出ることになりました。
何度も、
「ごめんな」
と言いながら。
そして数年後。
娘たちから、
「たんぽぽがもう長くないから、お父さん帰ってきて」
と言われました。
娘たちの気持ちは十分わかっていました。
でも、離婚して家を出た身です。
私は帰ることができませんでした。
本当に辛かったです。
その後、たんぽぽは亡くなりました。
今はマミィとオビィが私のそばにいます。
だから私は、たんぽぽの分まで、この子たちを大切にしたいと思っています。
悲しいのは「別れ」なのかもしれません。
でも私の中に残ったのは、
「自分は何もしてあげられなかった」
という後悔でした。
その気持ちが、今でも悲しい思い出として残っています。
5.成功
「成功」という言葉を聞いて、私の中で真っ先に思い浮かんだのは、会社員時代の仕事です。
私は酒類卸販売の営業を14年間していました。
いい上司にも恵まれ、支店の片隅にいた営業マンが本社へ転勤になり、大阪南部のエリアを担当していました。
その頃、ビールメーカーによる大きな制度変更がありました。
卸にとっては大きなチャンスでした。
私は、その制度変更について会社で説明しました。
しかし、当時は他の営業マンにはなかなか理解してもらえませんでした。
ところが、私の成績は一気に伸びました。
誰もわからなかったことを、自分だけが理解して結果を出せた。
私は、
「やった!」
と、自画自賛しました(笑)。
当然、その後も成績は大きく伸びました。
こういう話は自慢話になってしまいます。
でも、これは誰かに自慢するために書いているのではありません。
自分の人生を振り返っているのですから、自慢話があってもいい。
今はそう思っています。
6.失敗
人生ここまでやってきて、「失敗だった」と感じるのは、仕事に関することです。
私はこれからというところで、なぜか仕事を離れることを繰り返してきました。
移住して、
「これからは自分の仕事ができる」
と思っていたら解雇されました。
温泉では、世間の理屈が通らない人と関係したために退職しました。
奈良の酒蔵では、半年間無休で働いたにもかかわらず、残業手当も何もありませんでした。
労働基準監督署に相談すると、
「あなたは正しい」
と言われました。
会社も認めかけました。
ところが、労働基準法に残っていた、戦前からの特殊な条文が関係し、今の時代ではどう考えてもおかしい条文のせいで私は正しくなくなったのでした。
私は蔵を辞めざるを得なくなりました。
労基署の方は私に謝ってくださいました。
でも、自分たちにも知識がなかったことについて、誰かが責任を取るわけではありません。
配置薬営業では、新潟に所長として異動しました。
3年以上経ったので大阪に戻してほしいと頼みましたが、聞き入れてもらえませんでした。
その頃、前妻のがんが見つかりました。
娘たちを放っておけず、大阪へ帰るために退職しました。
振り返れば、私は何度も仕事を離れています。
でも、その結果として今の生活があります。
今の奥さんと出会い、マミィとオビィ(愛犬)がいてくれる。
そう考えると、すべてはつながっていて、私はこういう運命のレールを歩いてきたのかもしれない。
最近は、そんなふうにも思えるようになりました。
ここまでが、私の前半6項目です
ここまで書いてみて、すでに自分でも驚いています。
60年以上も生きてきたのだから、当然いろいろなことがあると思っていました。
でも、実際に一つずつ質問に答えてみると、単に出来事を思い出しているだけではありませんでした。
「あの出来事は、今の自分につながっているんだ」
と気づくことがあるのです。
特に最初の3つ。
楽しかったこと。
悔しかったこと。
うれしかったこと。
これは自分でも予想していなかったほど、一本につながっていました。
そして4の「悲しかったこと」では、今でも心に残っている後悔が出てきました。
5の「成功」では、少しくらい自慢してもいい自分が出てきました(笑)。
6の「失敗」では、自分の人生で何度も仕事を離れてきた理由を振り返ることになりました。
まだ半分です。
でも、ここまで書いただけでも、
「自分って、こんな人生を歩いてきたんだな」
と、少し離れたところから自分を見るような感覚があります。
そして後半では、もっと自分自身の内側に入っていくことになります。
人間関係。
仕事。
趣味。
得意だったこと。
苦手だったこと。
そして最後に、
「人から感謝されたこと」
です。
ここからは、格好いい話だけでは終わりません。
むしろ、
「自分って、ちょっと嫌な奴だったんじゃないか?」
と思うようなところも出てきます(笑)。
でも、それも含めて私の人生です。
後編では、残り6つの質問に答えながら、63歳の私が自分自身について何を発見したのかを書いてみたいと思います。
LIFE CHECKをしてみたら、思っていた以上に「自分」が出てきました。
さて、後半には何が出てくるのでしょうか。
自分でも、まだわかりません。
この記事を読みに来られる方が多くいるので私はこのようなことを考えたのです。
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