【60代の面接・後編】履歴書一枚では書ききれない人生がある

前編では、60代で面接を受けたときに感じた「人生を見られているような感覚」について書きました。

面接官は、ごく普通の質問をしているだけです。

しかし、その質問を受けるたびに、私の頭の中では何十年もの出来事が次々によみがえっていました。

そのとき、改めて感じたことがあります。

それは、

履歴書一枚では、その人の人生は書ききれない。

ということでした。


履歴書には「人生」が書かれていない

履歴書には、

  • 勤務先
  • 勤務期間
  • 資格
  • 学歴

こうした情報が並びます。

どれも採用には必要な情報です。

しかし、その一行一行の裏側には、

誰にも見えない人生があります。

仕事が終わってから子どもを迎えに行った日。

親の介護と仕事を両立していた日々。

眠れないほど将来に悩んだ夜。

家族を守るために必死で働いた時間。

退職を決断するまで葛藤した日々。

そうした出来事は、履歴書には一文字も書かれていません。

でも、その一つひとつが、今の自分をつくっています。


建前と本音の間で

面接では、誰もが少し背伸びをします。

私もそうでした。

できるだけ前向きに。

できるだけ印象よく。

そう思いながら話をしていました。

それは決して悪いことではありません。

社会には建前も必要です。

大人になればなるほど、それを求められる場面も増えてきます。

でも、心の中では本音もあります。

「嫌な質問だな。」

「うまく伝わっただろうか。」

「本当はもっと違う言い方をしたかった。」

そんな気持ちを押し込めながら、笑顔で話していた自分がいました。


ブログを書いていて思うこと

実は、ブログを書いていても同じように感じることがあります。

記事を書き終えて読み返すと、

「なんだか少しいい人になっているな。」

そう思うことがあるのです。

本当はもっと情けないし、

もっと失敗もしているし、

もっと弱い部分もあります。

それなのに、文章にすると、少しだけ格好をつけてしまう。

そんな自分に苦笑いすることがあります。

でも、それもまた大人なのかもしれません。

相手を思いやる気持ちと、本音との間で揺れながら生きている。

それが今の私です。


採用の連絡を受けて感じたこと

面接から二日後。

採用の連絡をいただきました。

もちろん、うれしかったです。

でも、一番大きかったのは、

「また社会とつながることができる。」

という安心感でした。

そして、

家族に「仕事が決まったよ」と伝えられたこと。

その一言に、どれだけホッとしたかわかりません。

給料や待遇ももちろん大切です。

でも、あのとき私が一番うれしかったのは、

「まだ必要としてくれる場所があった。」

ということでした。


履歴書一枚では書ききれない人生がある

面接を終えた帰り道。

私は車を運転しながら、ずっと考えていました。

履歴書には職歴しか書けません。

でも、その一行の裏には、

笑った日も、

悔しかった日も、

家族を守ろうと必死だった日もあります。

それは誰にも見えません。

面接官にも見えません。

でも、自分だけは知っています。

だから60代の面接は、

仕事を探すための時間であると同時に、

自分の人生を静かに振り返る時間でもあるのかもしれません。

もし今、このブログを読んでくださっている方が、これから面接を控えているなら、一つだけお伝えしたいことがあります。

履歴書に書けなかった人生まで、否定されることはありません。

面接の結果は、その会社とのご縁があったかどうかです。

あなたが歩んできた人生の価値まで決まるわけではありません。

私はそう信じています。

そして私自身も、これから先の人生を、一歩ずつ歩いていこうと思います。


【60代の面接・前編】年下の面接官を前にして感じた「人生を見られているような感覚」

https://sho-life11.com/interview-after-60/

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