【60代の地方移住】内定していた会社を辞退した私が「この仕事こそ天職だ」と思えた理由

【この記事の要約】

宮崎へ移住する前、私はすでに就職先が決まっていました。

ところが、移住直前に耳にした一つの情報が、その後の人生を大きく変えることになります。

不安の中で相談した移住支援センター。

そこで紹介された一人の女性との出会い。

そのご縁が、私に新しい仕事と新しい人生を運んできてくれました。


移住して一週間。三人家族で新しい生活が始まりました

宮崎へ引っ越して一週間。

妻、私、そして新しく家族になったMammy。

こうして三人での新しい生活が始まりました。

住む家も決まり、ようやく落ち着いたと思われるかもしれません。

しかし、実はその少し前まで、仕事のことで大きな迷いを抱えていました。


最初に決まった就職先はゴルフ場でした

大阪から何度も宮崎へ通い、面接を受けて採用が決まった会社。

それがゴルフ場でした。

宮崎といえば、サーフィンとゴルフ。

この二つに魅力を感じて移住される方は本当に多いと思います。

ところが私は、そのどちらにも興味がありません。(笑)

私のように特別な趣味や縁もなく移住する人は、かなり珍しいのではないでしょうか。

地方の人手不足もあって、面接後すぐに採用が決まりました。

「これで安心して移住できる。」

その時は、そう思っていました。


思いもよらない話を耳にしました

ところが、家探しのため再び宮崎を訪れた時のことです。

宿泊先で地元の方と話をする機会がありました。

そこで偶然、就職予定だったゴルフ場の話になったのです。

「人手不足で残業がかなり多いらしい。」

「ほとんどの人が一か月ほどで辞めてしまう。」

「正直、おすすめはできない。」

もちろん一つの意見に過ぎません。

しかしこの一つの意見もまたご縁なのです。

そして、知らない土地だからこそ、その言葉はとても重く感じました。

せっかく移住するのに、本当にこの仕事でいいのだろうか。

そんな不安が頭から離れなくなりました。


困った時に頼ったのは移住支援センターでした

私は迷った時、一人で悩まず移住支援センターへ相談しました。

実は観光で宮崎を訪れた時にも立ち寄っていたため、職員の方とは顔見知りになっていました。

すると、そこで思いもよらない話を聞きます。

私たちが住む家のすぐ近くに、新しい物産館がオープンするというのです。

しかも、その立ち上げ責任者も関西からUターンされた方だと教えていただきました。

「ぜひ一度、お話を聞かせていただけませんか。」

そうお願いし、ご紹介いただくことになりました。


また一つ、大きなご縁が生まれました

その方は、年齢も私に近い、とても行動力のある女性でした。

施設オープンに向けて一年以上準備を続けておられ、とてもお忙しい中、時間を作ってくださいました。

初めてお会いしたとは思えないほど話が弾みました。

同じ関西出身ということもあり、お互いすぐに打ち解けました。

そして話の最後に、思いもよらない言葉をいただきました。

「一緒に働いてもらえませんか?」

もちろん正式採用には社長面接が必要でした。

後日改めて面接を受け、無事に採用が決まりました。

あとから聞いた話ですが、その責任者の方は地域のしがらみに左右されない職場を作るため、移住者を積極的に採用したいと社長へ提案されていたそうです。

それもまた、不思議なご縁だったのだと思います。


「ここで働きたい」

その言葉に迷いはありませんでした

責任者の方から

「一緒に働きませんか。」

と言われた瞬間、私の心は決まっていました。

内定をいただいていたゴルフ場には事情を説明し、丁寧に辞退させていただきました。

そして物産館オープンまでの準備スタッフとして働き始めることになりました。

私は昔から、人と話すことが好きでした。

知らない土地で、知らないお客様と出会い、その地域の魅力を伝えながら商品を販売する。

それは私にとって、まさに夢のような仕事でした。

「これが天職かもしれない。」

そう思えた瞬間でもありました。


ご縁が、ご縁を呼ぶ

大阪には知り合いがたくさんいました。

ところが宮崎へ来た当初は、知り合いが一人もいませんでした。

それでも、一つの出会いが次の出会いを生み、

また新しいご縁へとつながっていきます。

妻の「宮崎に住みたい。」

その一言から始まった物語は、少しずつ現実になっていきました。

そして、この物産館がオープンしたあと――

私の人生には、さらに大きな出来事が待っていました。

そのお話は、また次の記事でお伝えしたいと思います。








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